北海道民の絆は道外に出て初めて発揮されるって知ってた?【北海道広すぎ問題】


 

こんにちは、先月まで北海道十勝に住んでいた佐々木かえでです。

引っ越しから1か月が経ちました。

東京での生活にも慣れて、前々からどんなものかと興味があった満員電車にも乗り、会いたかった人たちにも順調に会えていて良い感じです。

 

ところで、分かったことがあります。この間飲み会に行った時のことなんですけど、聞いてくれますか……?

 

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「道民の絆」は道外に出て初めて現れる奇跡みたいな産物だった


2017年夏、帯広市広小路の七夕まつりにて

 

私は北海道十勝で生まれ、先月まで24年間、住所を半径15km圏内からはみ出すことなく生活をしていた。

だから正直、「道民」とひとくくりにされるのが心から嫌だった。北海道に住んでいる時は。

 

「道民って言ったって、北海道マジで広いからな?札幌市?そんな都会の人と『同じ道民!』とか言われてもねぇ…他の総合振興局との関わりなんかほぼないし」

 

これが本音。

あと、これは道東あるあるだと思うが、帯広と釧路には見えるけど見えないライバル関係があって、帯広は釧路のことを「天気がいつも悪くて寒いしパッとしない、釧路にはでかいイオンがあるだけ」と思っているし、釧路は釧路で「帯広?wwwマジww田舎じゃんwww何もないwwww」と思っている。個人の見解に過ぎないとしたらごめん。

 

そんなわけで「道民の絆」とやらを感じたことなど一度もなかった。どさんこワイドも敵視していた。あんなのは北海道の番組じゃない、札幌の番組だ。道産子を名乗っておきながら、ほぼ札幌。ふざけるなと思っていた。(その地方で一番栄えているところに放送局を構えるのは至極当然なのでただの僻みです)

ていうか道産子ってなに?なんかすごく恥ずかしいんだけど……やめてよ……という気持ちだった。

が、そんな私が初めて、北海道の枠を越えた東京という異世界に住所を移して、今までの考え方・価値観のほとんどが粉砕された。

 

窮地に陥った私を道民の仲間が救ってくれた

東京に引っ越してからは、当然周りはみんな東京の人間。地元に引きこもって半径15km圏内で生きてきた、二親等までの親族以外との交流を極端に避けてきた人間にはみんながみんな都会に住む別の生き物に見えて、恐ろしかった(普通にみんな優しい人間だったけど)。

なのに、電車の中では至近距離で十数分も同じ時を過ごすのだ。こんな状況は車社会にはなかった。

 

そんな中で、飲み会。

人がたくさんいるところが苦手で、人口密度が高いと息ができなくなってくる。

さらに、来ている人みんな会社員なりフリーランスなりでバリバリやっている人たちで、宇宙のゴミみたいな私が彼らの視界に入っていることが申し訳なかった、割と本気で。

宇宙のゴミとか、そんなことは本当はないはずなのだが、自己肯定感の底つき感はここまで人を卑屈にする。息を排出するのが申し訳なくて、会場の隅、トイレの前で息をするのをできるだけ控えていたら酸欠になって視界がぼやけてきた。

 

その時だ。

 

「佐々木さんですよね?Twitterで声かけてくれたから、今日会えるの楽しみにしてたんですよ~」

 

優しい人だ、どうしてこんな私に話しかけてくれるんだ、こっちはゴミなんだぞ。

彼女は続けた。

 

「私も同じ道民なので、親近感が湧きます~」

 

怯えきって息も絶え絶え、目がいっている私ににっこり笑って優しく話してくれる彼女。

同じ道民……同じ……ドウミン……

 

次の瞬間、私は泣きそうになりながら、前のめりになって彼女と会話をしていた。

嬉しい、ほっとする、繋がり、懐かしさ。

同じ道民、道民、北海道民、北海道出身。

 

あれほど敵視していた札幌市出身の人に対して、ここまで親近感を感じたのは初めてだった。

 

道民って、あの島で、あの本島とは違う離れた広大な土地で、共に暮らした仲間だったんだ。

「共に暮らした」は誇大解釈だとしても、あの大地のことを、あの大地の匂いを知っている仲間だったんだ。

道民って、道民って……。

 

そこには、以前は宿敵であった釧路の出身の人もいた。

釧路は、十勝の隣だ。

親近感も増した。その人の隣でなら空気が吸えた。

道民の半径1mだけ、特別な空間が形作られている気さえした。

 

故郷が拡大した

十勝に対しては故郷と思いつつ、北海道に対しては特に思い入れとかなかった。もっと言えば、十勝でも広尾とか大樹とか陸別とか関わりがなかったし、親近感があったのは音更町出身者くらいのものだったように思う。

それがどうだ。

今では、道民というだけでまるで家族であるかのような気持ちだ。北海道全体が故郷のように見えてくる。

東京にも街路樹とかは意外とあって、人の家の庭先では草花が美しく保たれているが、あの広大な畑と山々、澄んだ空気を知っている人は皆遠い親戚のように思えてくる(親戚付き合いをあまりしなかったので想像だ)。

 

「道民の絆」は本当にあった

北海道を離れると、途端に「道民」という繋がり・共通点が嬉しく感じられた。本州からは、北海道は大きな島に見える。そこに総合振興局という隔たりはない。

それに出身地というのは、共通点の中でもかなり大きなものらしい。道民という共通点は、何も知らなかった人との距離をすぐに縮めてくれた。

道民の絆は本当にあったのだ。道産子という表現は今でもかなり照れるが、黙認しようかという気さえしている。

 

というわけで、メディアが作り出した幻影だと思っていた道民の絆は本当にあったというお話でした。読んでくれてありがとう。

 


2017年夏、幕別町札内のスマイルパークにて

 

※佐々木かえではゴミではありません。みんなと同じ人間です。

※この話は個人の見解です。

※東京の人たちも人間だし普通に優しいということが分かり、今では安心して暮らしています。一体何に怯えていたんだろう、無自覚な差別って怖い。

 

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3 件のコメント

  • ブログ読んで泣けました…ありがとうございます、本当にありがとうございます(T∇T)

    • ゆかさん
      ものすごく嬉しいコメント、こちらこそありがとうございます…!!!
      本当にうれしい、これからもやっていきます。

      • 都会は大変かも知れませんが、頑張りましょう(><)いつでも北海道は暖かく存在していますので♬.*..。o✩°・: